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民話・昔話 夜叉哀話

[2006年7月28日]

ID:1617

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夜叉哀話

これはちょっと哀しい話や。

むかしむかし、寺田に寺田庄司と呼ぶお代官がおった。このお代官には娘さんが一人おったんやが、かわいそうなことになんべん結婚しても主人が死んだり、不仲になったりしてうまいこといかんと戻ってきたそうや。

こんなことには世間の人は冷たいもんで、娘さんが醜い顔をしてたかどうかはわからんけど、「夜叉」とあだ名をつけてうわさをしたそうや。たび重なる不縁とうわさのためにすっかり悲観した娘さんは、髪をおろしてとうとう尼さんになってしもうた。家のそばに堂を建て、観音さまに仕えて余生を送ったんやと。

この娘さんが死んだあと、だれいうとなく「観音堂の前を嫁入り行列が通るとたたる」と伝えられるようになり、嫁に行くときは近くに住んでいても遠回りをして、嫁ぎ先へ向こうたという。

観音堂はちょうど旧奈良街道に面していたんで往来のはげしいところやったが、花嫁行列だけはここに近づくと街道をそれて、細い路地をうねうねと曲がり、「出戻りにならんように」と祈ったそうや。

明治時代になって道の整備のため観音堂は壊され、そんな話も忘れられてしもうたけど、娘さんを弔うために建てた「夜叉の石塔」は、寺田の共同墓地に移されておる。墓地の東北すみにある石塔が、その夜叉の塔や。

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